【ご注意】
・この商品は未塗装キットです。各自で組み立て・塗装をしてください。また、台車・パンタ・動力ユニットなどは別売りです。
@【実車解説】
第二次世界大戦後、乗客が増え続けるものの、新車の製作がままならない状態が続いていました。そこで1947年運輸省が電車の標準規格を制定し、それに則った車両を優先的に製作させる政策を採りました。これがいわゆる「規格形電車」です。近鉄、阪急、京阪、東急、京急など多数の私鉄で採用されました。名鉄では1948年,49年,54年にA’形の3800系を計71両製作しました。これは、東部線・西部線がつながり名古屋本線になったことで車両が大量に必要だったことも理由の一つです。後に富山地方鉄道など地方私鉄に譲渡されたり、7300系に更新されたりしたものもあり、名鉄からは1990年に姿を消しました。商品は、1949年グループを模型化しています。各種前面もセットされていますので、地方私鉄に譲渡された姿を楽しむのもいいでしょう。
【商品仕様】
3800系のいろいろ・・・。
・東急からの助っ人
1973年のオイルショックで通勤客がマイカーをやめ電車に移行するというケースが多数発生しました。そのころの名鉄は2ドア車ばかりで増え続ける乗客をさばききれず、毎日遅延が続出していました。そこで、3800系が規格形・・・ということはよく似た兄弟がいる・・・というわけで、東急の3700系に白羽の矢が立ち、1975年と80年に計21両(1両はクハ3670形)がやってきました。3ドア車というわけで、ラッシュ輸送に大活躍をし、後の「明日の通勤車」(古い!!)6000系登場の下地を作りました。この他にも札幌からの870形や東濃からの3790形とともに「他社導入三羽烏」と呼ばれました。
・富山地鉄へ行った3800系
さて、「規格形」が幸いしたのか?同じ「規格形」14750形がいる富山地方鉄道へ1967年に12両が譲渡されました。当初は借り入れの扱いだったものが1968,69年にかけて正式に購入されました。雑多な手動加速の車両を追放し、自動加速(地鉄では「複式」というらしいです)の車両に統一しました。主に、立山線の急行用に活躍しており、一部は固定クロスシートに改造されています。当初の塗装は国鉄の12系客車を意識したブルーに白帯、のちに1985年頃からはいわゆる「地鉄特急色」(白に窓回りグレー、窓下に赤いライン)となり、また、1982年からはブレーキもHSC化され全線で大活躍しました。しかし、1991年から元京阪の10030系が大量に入線したために、1992年に全滅してしまいました。
その他、いろんなバリエーションが作れると思います。各自工夫してください。
※仕様及び外観は改良のため予告なく変更される場合がありますので、最新情報はメーカーページ等にてご確認ください。