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| 【商品紹介】 SOKEIのHOゲージ塗装済完成品、ク5000形車運車3次型JR貨物2色塗装タイプです。 ・現存する唯一の保存車を取材・計測 ・プロトタイプは3次型:昭和42年登場。同形式最多(470輌)が製造された代表的なグループ ・塗装済み完成品 (車号:インレタによる選択式 ・渡り板:添付パーツ) ・最小通過半径はR550(※連続S字カーブは不可/渡り線は6番ポイント通過可能) ・カプラー:標準装備カプラーはKadeeカプラーやEZメイトカプラーと連結可能 ※Kadeeカプラー#153(別売)への交換にも対応 ・カバー付き自動車(別売)の積載に対応 (フェンダーミラーの有無で2タイプを予定) 【実車紹介】 1960年代、日本のモータリゼーション進展に伴い、完成車輸送の効率化が急務となりました。 当時の車運車は特定メーカーの車種専用であることが多く、復路が空車になるなどの非効率性が課題でした。 これらを解決すべく、車種を限定せず汎用的に運用できる車輌として1966年に登場したのがク5000形です。 1973年までに試作車を含め計932輌が製造され、国鉄貨物史上、最も成功を収めた傑作車として知られるようになります。 車体は朱色3号の鮮やかな色彩が特徴で、上下2段に自動車を積載する頑丈な格子状のフレーム構造を採用しています。 全長約20.5mのロングボディに、普通乗用車なら8台、軽自動車なら最大12台を積載可能です。 荷役は「自走式」で行われ、貨車同士の妻面に渡された踏板を伝って、自動車自らが自走して積み込みを行いました。 また、輸送中の車体を汚れや傷から守るため、車種ごとに用意された専用の保護シートが装着されていたのも大きな特徴です。 1967年にはク5000形のみで編成された特急貨物列車「アロー号」が運行を開始。 本格運用が始まると日産やトヨタをはじめとする国内全メーカーが利用し、1972年には年間輸送台数が79万台(国内生産台数の約30%)に達しました。 まさに昭和のモータリゼーションを支えた主役であり、特に北野桝塚駅(愛知県)などの大規模な輸送基地は、日本の自動車産業を支える物流の要所として機能しました。 しかし、1970年代後半からは国鉄の運賃値上げや相次ぐストライキにより、輸送シェアは急速に低下。 自動車メーカーは専用船やキャリアカーによる陸送へとシフトし、1985年には一旦全廃されました。 その後、日産自動車の輸出用列車「ニッサン号」として一部が復活し、JR貨物へも64輌が継承されましたが、輸送のコンテナ化が進んだことで1996年までにすべての運用を終了し、形式消滅しました。 すべての車輌が役割を終えて姿を消したク5000形ですが、宇都宮貨物ターミナル駅に静態保存されていたク5902が、現在は栃木県那須烏山市内に移設・保存されています。 これが全国で唯一現存する車輛となっており、かつて日本の道路交通の躍進を陰で支えた華やかな時代の面影を今に伝えています。 当製品が再現しているプロトタイプは「3次型」です。 3次型は、昭和42年から43年にかけて同形式最多となる470輌が製造されたグループを指します。 主な特徴は2点あり、1点目は従来(2次型まで)下段にしかなく不便だった「緊締金具収納箱」を、上段歩み板の下にも増設した点です(※)。 2点目は、下段のスペース(高さ)にゆとりを持たせるため、タイヤ案内板の 高さを20mm低く変更した点です。 ※緊締金具収納箱は、昭和46年以降に従来車へも順次増設されました。 |
※仕様及び外観は改良のため予告なく変更される場合がありますので、最新情報はメーカーページ等にてご確認ください。